バシャールの言葉 その2 「受け入れること」
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バシャール ID:atheN3K20

377 :本当にあった怖い名無し:2008/02/08(金) 02:10:58 ID:atheN3K20

また長々とすいません。バシャールも「許容し可能にする術」に類似する「受け入れる」
ということについて述べているので、紹介したいと思います。

『私(バシャール)たちが「受け入れる」という言葉を使っているときに意味するところは、
「自分の人生で起きる、あらゆる出来事はすべて自分自身のものだと自覚する」ということ、
「出来事に対する所有意識を持つ」ということです』

『おきることはすべて自分の意識の一部だと見る見方とは、人生に起きてくるどの部分も、
自分とは関係ないと否定したり、切り離したりしない、ということ。
まずは全面的に許容するということです』

まさにエイブラハムと同じ事を言っています。そしてこう続けます。

『この地球上の多くの人たちは(中略)実はたいへん深い意味や価値のあることでも、
価値がないとみなしてしまっています。
たとえば「私はとてもスピリチュアルな人間だ」という人が何らかの状況で突然、
驚くほど怒ったり怖がったりしていたとしましょう。

そのとき、もしその人が「受け入れる」というコンセプトを理解していないと、
こんなふうに言うかもしれません。

「自分はすごくスピリチュアルな人間だから、怒りを感じるはずがない。
自分はスピリチュアルなんだから、恐れを感じるはずがない。
自分はスピリチュアルなんだから、そんなものを感じるべきではない」』

378 :本当にあった怖い名無し:2008/02/08(金) 02:11:29 ID:atheN3K20

『しかし、そんなふうに、「こんな経験やこんな感情は自分の人生にあるべきではない」
と言ったり、否定したりすることは、実は、自分自身のスピリチュアリティの一部を
否定することになるのです。(中略)

このスピリチュアルな旅の途中で、それでも怒りが出てきたり、恐れやいろいろな感情を
感じたとしたら、それはそのスピリチュアルな旅の一部として、ポジティブな理由が
あって起きているに違いないという理解のしかたをするのです。(中略)

つまり「どんなことにも等しく価値がある」という捉え方をしたとき、
そこからポジティブに学ぶことができます』


エイブラハムは、できる限りネガティブなことに目を向けず耳を傾けず、ということを推奨していますが、
こんな風にネガティブなものに目を向けても「どんなことにも等しく価値がある」という捉え方を
することで、そこからポジティブなものを引き寄せるという方法もあるのかな、と思いました。

381 :本当にあった怖い名無し:2008/02/08(金) 02:28:14 ID:atheN3K20

さらに長くなりますが、受け入れることと我慢することについても語っているので、
それについてもご紹介させていただきます。

『私たちの言う「受け入れる」とは、ギブアップして「この波動は私にとって真実では
ないけれど、まあ甘んじて受け入れよう、妥協しよう」ということではありません。
「受け入れる」とは、起きてくる全ての出来事を自分が本当の自分になっていく
道の一部ととらえ、ポジティブに利用していく、ということです。
(中略)

つまり、まずは自分がいまその状況にあると認める。
そのような形で受け入れたとき、それは「我慢する」ということにもつながっていきます』

『私たちが言う「我慢する」とは、「ほんとはイヤだけど、自分にはどうしようもなさそうだから、
甘んじてその状況の中で我慢しよう」と無理やり自分を押さえつけることではありません。(中略)

自分が好む波動ではなくて、プロセスの一部なのだと受け入れ、認めたあと、
「いまの自分にはどう好転するか見えないけれども、その方向が真実の自分自身へ向かう方向であり、
必ずポジティブな意味があるのだと信じ続けよう、ふんばろう」という場合、これは忍耐、我慢です』

382 :本当にあった怖い名無し:2008/02/08(金) 02:28:45 ID:atheN3K20

そしてこんな例を挙げています。

『たとえば、私があなたを鎖で床に縛りつけ、動けなくしたとしたら、あなたはそれが
自分にとって真実の波動、好ましい状況だとは受け入れないでしょう。けれども
現実的に、自分はいまそういう状況にいるんだということは「受け入れる」のです。

自分に起こっていることを受け入れないと、鎖の存在さえ否定してしまうことになり、
あなたは鎖をほどく方法を見つけ出すこと、つまり、解決を生み出す方向へ進むことができません。

つまり、誰かに鎖で縛られるような状況に自分の身を置いてしまったんだなと、
その現実を受け入れて初めて、そこから脱出する方法をつくりだすこと、
考えていくことができるのです


たまに「現実逃避」というキーワードを武器にレスしてくる方がいらっしゃいますが、
実はあれもとても的を射ているのかもしれません。

エイブラハムの言う否定的なものに焦点を置かないというのは、上記の例のように
鎖で縛り付けられているという現実を無視して鎖などないんだ、と思うことではないと思います。

強いて言えば「鎖で身動きが取れない自分はここで死ぬかも」
というようなネガティブな考え方をしない、ということではないでしょうか。
こんな風に、バシャールとエイブラハムを比較しながら読んでみると、
面白いように相互補完がされて理解が深まるように思えます。

ちょっとした感動すら覚えたので、皆様と情報をシェアしたく再び長文を書いた次第。失礼いたしました。


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